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| お餅つきと忘年会(災害時に備えて) | |
| 太陽の郷の災害時対策をご紹介します。 太陽の郷の前身「南湖院」は、85年前、関東大震災の洗礼を受けているのです。 多数のお年寄りが生活している「太陽の郷」、どのような備えが必要なのでしょうか? |
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| <関東大震災> | |
| 写真は、2 kmほど離れた東海道本線鉄橋の惨状です。(写真 下) 町の建物は、倒壊したものが多かったと聞いています。 |
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![]() 無残に崩壊した東海道線相模川鉄橋 |
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| 小田原沖合で起こった地震は、茅ヶ崎町に壊滅的被害を与えました。 幸いなことに、南湖院の建物(病棟)は瓦屋根が落ちる程度の被害で、倒壊するものはなかったようです。 しかし、南湖院の本丸的存在であった第5病舎(愛光舎)を焼失させ、心の糧となっていた会堂(医王堂)の床に地割れが起こり傾いたことは、祖父(院長:高田畊安)にとって大きな痛手であり、計り知れない無念さを味わったと思います。 壁下地の木摺の間から外が透いて見えます。壁・外壁の修復作業はまだ終わっていません。(写真 下) 大正13年2月10日、どのような目的で見学団をお招きしたのでしょうか。 関東大震災から5ヶ月後に、「入院患者表(写真の左上)は15年間と震災後3ヶ月間の転帰比較」を示して、どのような報告(講演)をしたのでしょうか。 作業衣の人は写っていません。全員正装なのでしょうか。 現代に生きる私には、明治の人の意図・習慣を計り知ることはできませんが、大震災から半年も経たない時期に、「南湖院施設」の修復状態を見てもらい、療養環境復活を公に示そうとする祖父の気概が伝わってくるような気がするのです。 |
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![]() 修復中の医王堂(見学団と医局員 大正13年2月10日) |
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| 80年前の社会環境と現代の状況は、大きく変化し違っています。しかし、大震災後の応急対策物語は、現在の太陽の郷には重要です。高齢者が集まって暮らす太陽の郷の「災害時対策」を考える上で、大変参考になります。 | |
| <お餅つき(炊き出し訓練)> | |
| 「ライフライン復旧の遅れをカバーすること」、太陽の郷に課せられた災害直後の役割です。電気・水道・ガスの供給が途絶えた時、お年寄りの生活環境をどのように守り維持するかが主要な課題です。 諸設備を整備充実させるのは勿論ですが、人手をどのように集めるかが、最も難しい問題です。 およそ30年間、年末の社会全体が忙しい時期に行っている太陽の郷の炊き出し訓練(お餅つき)をご紹介します。 |
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野戦に使用する、自衛隊の炊き出し用具を使います。 燃料は地下タンクに十分蓄えてある灯油を使います。 太陽の郷敷地で、近年枯れた多量の松は、薪として十二分に積んであります。 燃料の心配はありません。 |
| 電気が来なくても大丈夫、博修館(半地下の避難場所)地下室にある井戸の水面は、すぐ近くにあって容易に汲み上げられます。 平常時の炊き出し訓練、お年寄りに喜ばれる「お餅つき」としました。 |
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![]() 太陽の郷協力業者が集まって |
![]() 合計年令 160才組(杵とりが私) |
![]() デイゴの木陰 つきたてのお餅をからみ餅に |
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| お餅つきの快音を、ロビーで楽しまれるお年寄り。今年も食欲は旺盛、3臼(8.4 kg)のお餅がすぐになくなりました。 | |
| <忘年会(人集め策)> | |
| 「遠い親戚より近くの他人」が頼りになるとされています。特に、交通障害が発生する災害時には、どんな専門家でも、来られなければ頼れません。 自分の時間を割いて駆けつけてくれる人、太陽の郷が一番頼りにしている人達です。 近隣の主婦、パートで働く人達も、太陽の郷の大切な災害時要員です。忘年会がお互いの絆を深めます。 |
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| 恒例となっている太陽の郷の忘年会。今年集まった人は約80人。お楽しみの前にまずはお腹を満たします。博修館の俯瞰像。 戴いたお歳暮の封を切らず、空くじなしの賞品(お土産)とします。忘年会の楽しみの一つになっています。 |
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![]() 母親に代わって賞品を受けとる女の子 |
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![]() 「ナポレオン」が当たりました |
![]() 間もなく挙式する、婚約者との お楽しみを想像して祝福する人達 |
| 忘年会の会場は「博修館」です。 原爆ではなく、地震に対するシェルターとして20年前に建てました。 年末の午後7時、暖房(空調)なしでも寒くありません。 自然エネルギーを上手に使い、暖かな温熱環境を備えた避難施設です。 後日改めてご紹介しますがCO2排出量の極端に少ない建物です。 |
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| <後片付け> | |
| 太陽の郷の住人(入居者)は、ものがないころ青春時代を過ごされた方々です。残った食べ物を無造作に捨てることには、強い抵抗感があります。忘年会が終わると、それぞれの家族で利用できるものを、用意した袋に入れ持ち帰り、捨てるものはほとんどありません。 太陽の郷の忘年会(その他の会合も同様に)は、会の終了と同時に全員が片付けをします。 |
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| 大部分の人が解散すると、残った当番が一斉にテーブルや椅子の片付けを始めます。 年令に関係はありません。瞬く間に、忘年会用にセットした家具は総て元に戻り、掃除を明日に回して会を終わります。 職員・パート・協力業者、一堂に会するのは、夏の野外バーベキュー会と忘年会です。 炊き出し訓練・人集め対策、太陽の郷の災害時対策は、古い歴史と経験を、現代風にアレンジしたものです。 |
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高田準三(平成21年1月)
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